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<title>あなたの知らない世界</title>
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<description>世の中にはいろいろと不可解な出来事があります。
聞いたり、見たりしたことを 自分自身の体験や考えを織り交ぜながら
ぼつぼつとアップしていきたいと思います。</description>
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<title>倫理</title>
<description> 日本の仏教においての大きな儀式のひとつに得度式というのがある。得度式とは、仏教に帰依し、仏道に入り、出家することである。今現在において、得度そのものが制度として形骸化していることは言うまでも無いが、今回言いたいのはそのことではない。この、得度の儀式において、「十戒」（十善戒）を授けられるというのを知っている人は少ないと思う。一般に、「十戒」といえば、「モーゼの十戒」を連想することと思う。映画にまで
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<![CDATA[ <font color="#FFFFFF"><strong>日本の仏教においての大きな儀式のひとつに<br />得度式というのがある。<br />得度式とは、<br />仏教に帰依し、仏道に入り、出家することである。<br />今現在において、<br />得度そのものが制度として形骸化していることは言うまでも無いが、<br />今回言いたいのはそのことではない。<br />この、得度の儀式において、<br />「十戒」（十善戒）を授けられるというのを知っている人は少ないと思う。<br /><br />一般に、「十戒」といえば、<br />「モーゼの十戒」を連想することと思う。<br />映画にまでなったので、覚えている方も多いことだろう。<br /><br />私以外の何者も神としてはならない。 <br />偶像を作ってはならない。 <br />主の名をみだりに唱えてはならない。 <br />週に一度は休日としなさい。 <br />父母を敬いなさい。 <br />何をも殺してはならない。 <br />姦淫してはならない。 <br />盗みを働いてはならない。 <br />隣人のことを偽証してはならない。 <br />他人の物を欲しがってはならない。 <br /><br />であるが、<br />実は仏教の「十戒」も似たようなものである。<br />不殺生（ふせっしょう）・・・むやみに生き物を傷つけない<br />不偸盗（ふちゅうとう）・・・ものを盗まない<br />不邪淫（ふじゃいん）・・・・男女の道を乱さない<br />不妄語（ふもうご）・・・・・うそをつかない<br />不綺語（ふきご）・・・・・・無意味なおしゃべりをしない<br />不悪口（ふあっく）・・・・・乱暴なことばを使わない<br />不両舌（ふりょうぜつ）・・・筋の通らないことを言わない<br />不慳貪（ふけんどん）・・・・欲深いことをしない<br />不瞋恚（ふしんに）・・・・・耐え忍んで怒らない<br />不邪見（ふじゃけん）・・・・まちがった考え方をしない<br /><br />勿論、完全に一致しているわけではないが、<br />大変に似通った精神が説かれているのだ。<br />以前、オカルトの雑誌などで、<br />世界の宗教の歴史のようなことについて<br />いろいろと取りざたされていた時期があったと思う。<br />極論に至っては、<br />総ての宗教の根源をひとつとまでしたものすらあった。<br />それも無理ないことだろう。<br />人が人としての遺伝子を同じようにもち、<br />人種や肌の色、血液型を異なれども、<br />お互いに種族間婚姻、繁殖が可能であること<br />いや、可能というより、生物学的に見れば、<br />同じものであるということは<br />我々人間という生命体の根源はひとつであるに違いない。<br /><br />しかれば、その思考回路にも、<br />同じものが源泉として存在しているわけであり、<br />宗教的な部分や、精神的な部分において、<br />同じような結論に至ったとしても、<br />それはとても自然なことなのである。<br /><br />先に掲げた、<br />「十戒」にしても、「十善戒」にしても、<br />人間が、群れとして存在する社会を営むにあたって、<br />よりストレスが少なく、<br />よりその生活が円満、かつスムースに運ぶか<br />それが根本にあるのである。<br /><br />人間以外の動物は、<br />もっとシビアな形での「戒律」をもつ。<br />人間の倫理観とは全く相反するように見えるものも多いが、<br />それはそれで、<br />生物が生き、そして繁殖し、種として存続するためには、<br />大変効率よく、又有効な方法なのだ。<br />それを、<br />本能、という一言で片付けていいものだろうか？<br />それが本能だというのであれば、<br />人が「十戒」を求めるのもまた、<br />人間の本能であるといえるのかもしれない。<br /><br />ならば神は？<br />より高き存在は？<br />神の本能はいったいどのようなものだろう。<br /><br />つづく</strong></font> ]]>
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<dc:subject>体外離脱</dc:subject>
<dc:date>2006-05-24T04:36:14+09:00</dc:date>
<dc:creator>月読</dc:creator>
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<title>色即是空　空即是色</title>
<description> 日本人は大変よく般若心経を読む。多くの人は、事あるごとに、般若心経を読み、時には写経と称して般若心経を書く。その中にあまりにも有名な一言がある。　　色即是空　空即是色世の中にあるすべての色を集めると、それは黒になる。世の中にあるすべての光を集めると、それは白になる。光があるところ陰があり、陰のある所に光があるように、ひとつがもうひとつを生み出し、片方があるがゆえに、もう片方も確として存在することと
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<![CDATA[ <font color="#FFFFCC">日本人は大変よく般若心経を読む。<br />多くの人は、事あるごとに、般若心経を読み、<br />時には写経と称して般若心経を書く。<br />その中にあまりにも有名な一言がある。<br /><br />　　色即是空　空即是色<br /><br />世の中にあるすべての色を集めると、それは<b>黒</b>になる。<br />世の中にあるすべての光を集めると、それは<b>白</b>になる。<br /><br />光があるところ陰があり、陰のある所に光があるように、<br />ひとつがもうひとつを生み出し、<br />片方があるがゆえに、もう片方も確として存在することと為る。<br /><br />人の目には、光もまた、それぞれの色としてうつる。<br />色をもたない光は、闇となり、<br />光で無い色は又、すべてを含む黒となる。<br /><br />この場合、すべての光を集めた<b>白</b>は<br />色と言えるのだろうか？<br />それは<b>黒</b>としては私たちの目にはうつらない。<br />色と言う局面において、この<b>白</b>は<b>黒</b>となり、<br />同じものを指す。<br /><br />人の心の中に、正反対のイメージを植え付けるであろう<br /><B>白</B>と<B>黒</B>は<br />その内包するものについては全く同質のものなのだ。<br />そして、光と色もまた全く同質なものなのである。<br /><br />人が物質を認識するとき、<br />それは常に色を伴って行われる。<br />たとえ、それがモノクロの世界であろうとも、<br />そこには白と黒、そして微妙に交じり合うこの２色の織り成す世界がある。<br />そして、色をもたぬ物質を我々ば物質だとは認識していない。<br />知識としては認知することができる。<br />知識として納得することはできる。<br />知識として伝えることもできる。<br />だが、確としてそこに存在すると、認識しているだろうか？<br />それは、誰かがあなたに教えたことであり、<br />誰かがあなたに話したことであり、<br />誰かが書物であなたに伝えたことではないのか？<br /><br />人が物質として形あるものを認識する時、<br />それは何らかの色をもっている。<br />そして、すべての色は、<br />光が存在して初めて色を持つことができる。<br />光が無いとき、<br />そこにあるものは、ものとして認識されていない。<br /><br />実際にぶつかったり、触ってみたりすると、<br />そこにものがあることは認識される。<br />それ以外の方法で、<br />そこに何かがあることを認識することはできない。<br />なぜなら、<br />そこには色が無いから。<br /><br />いや、<br />そこに色は存在しないのか？<br />我々はそれを闇と呼ぶ。<br />我々はそれに黒と言う色を与える。<br />すべてが同じ黒１色だから、<br />境目が無いだけである。<br /><br />では、光が無いと言うことは、<br />黒ということなのか？<br />すべての色を重ねたら、黒になる。<br />光の無いところには、すべての色がある。<br />光がある所には、さまざまな色がある。<br />そして、光しかないところには、白がある。<br /><br /></font> ]]>
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<dc:subject>浄化</dc:subject>
<dc:date>2005-12-05T03:37:02+09:00</dc:date>
<dc:creator>月読</dc:creator>
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<title>生きる</title>
<description> 生きる　というのは楽しい。生きる　というのは苦しい生きる　というのは悲しい生きる　というのはうれしい生きる　というのは苦悩に満ちている生きる　というのは愛に満ちている生きる　というのは　生きていることである。今、　ここに、　生きているからこそ楽しい　苦しい　悲しい　うれしい　苦悩し　愛する今、　この瞬間こそが　生きている。　という証
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<![CDATA[ <font color="#FFFFFF">生きる　というのは楽しい。<br />生きる　というのは苦しい<br />生きる　というのは悲しい<br />生きる　というのはうれしい<br />生きる　というのは苦悩に満ちている<br />生きる　というのは愛に満ちている<br />生きる　というのは　生きていることである。<br />今、　ここに、　生きているからこそ<br />楽しい　苦しい　悲しい　うれしい　苦悩し　愛する<br />今、　この瞬間こそが　生きている。　という証<br /></font> ]]>
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<dc:subject>雑想</dc:subject>
<dc:date>2005-12-05T02:57:34+09:00</dc:date>
<dc:creator>月読</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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<title>雨降り</title>
<description> このところ、急に寒くなってきた。そうすると、現金なもので、猫が同じ布団に入って寝ようとする。猫によっては、布団の上に寝ることを好む猫布団のなか、私の足元に入る猫まるで人間と同じように、顔だけを出して、腕枕を要求する猫それぞれに個性があって面白い。この猫が、寝言を言うのである。おきているのか？と思えば、完全に熟睡している。獲物を追いかけて走っているのか、手足をぴくぴくと盛んに動かしたり、小さな声でミ
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<![CDATA[ <font color="#FFCCFF"><br />このところ、急に寒くなってきた。<br />そうすると、現金なもので、猫が同じ布団に入って寝ようとする。<br />猫によっては、布団の上に寝ることを好む猫<br />布団のなか、私の足元に入る猫<br />まるで人間と同じように、顔だけを出して、腕枕を要求する猫<br />それぞれに個性があって面白い。<br /><br />この猫が、寝言を言うのである。<br />おきているのか？<br />と思えば、完全に熟睡している。<br />獲物を追いかけて走っているのか、<br />手足をぴくぴくと盛んに動かしたり、<br />小さな声でミニャニャニャとないたりする。<br /><br />猫も夢を見るのだろうか？<br />昔読んだ西洋の話に、<br />動物のみている夢を見る方法というのがあった。<br />この主人公は、飼い犬の夢をその方法で見るのだが、<br />私も、この猫の見ている夢を見たくなってくる。<br />しかし、猫の夢を一緒に見るということは、<br />自分自身の自我は猫になるのだろうか？<br />それとも、自我は人間のままで猫の見ている夢を見るのだろうか？<br /><br />一度試してみたい。<br /></font> ]]>
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<dc:subject>雑想</dc:subject>
<dc:date>2005-10-19T04:15:07+09:00</dc:date>
<dc:creator>月読</dc:creator>
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<title>色のついた夢</title>
<description> 私が見る夢は色がついている。別に特別な色がついているわけではない。ただ単に、ごく普通に起きている世界と同じようなごくごく普通に色がついているのだが、どうもこれが結構珍しいらしい。夢の中といえども、私は私として存在しているし、そのことを自覚もしている。勿論、今、夢を見ている。という自覚もある。そんな夢の中に、色が入ってくるのは当然のことだと思っていた。なぜなら、色もまた、心の動きの表現の一つだから。
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<![CDATA[ <font color="#99CCFF">私が見る夢は色がついている。<br />別に特別な色がついているわけではない。<br />ただ単に、ごく普通に起きている世界と同じような<br />ごくごく普通に色がついているのだが、<br />どうもこれが結構珍しいらしい。<br /><br />夢の中といえども、<br />私は私として存在しているし、<br />そのことを自覚もしている。<br />勿論、今、夢を見ている。<br />という自覚もある。<br /><br />そんな夢の中に、<br />色が入ってくるのは当然のことだと思っていた。<br />なぜなら、色もまた、心の動きの表現の一つだから。<br />人はあらゆるものに意味を見つける生き物だ。<br />色もまたその例外ではない。<br /><br />赤い色<br />　　白い色<br />　　　　青い色<br />　　　　　　黒い色<br /><br />みんなそれぞれに意味と役割をもっている。<br />色を見て、そこに自分の感情を見出すことも良くあることである。<br />夢の中に出てくる色は、<br />まさしくそのような色なのだろう。<br />だから、時々、とんでもない色がついていたりする。<br />朝起きて、夢を反芻していると、<br />何だかちょっと愉快に思えてならないときもある。<br />夢は、確実に自分の心のフィルターの役割を果たしてくれている。<br />そう実感するひと時でもある。</font> ]]>
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<dc:subject>夢</dc:subject>
<dc:date>2005-10-19T04:07:11+09:00</dc:date>
<dc:creator>月読</dc:creator>
<dc:publisher>FC2-BLOG</dc:publisher>
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